遊び放題、食い放題 (元:ペナンDeジャラン) 


早期リタイア、毎日が日曜日
by hiriver
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挨拶もできぬマヌケども

令和の時代となった。

令和の令という字の私の解釈は、令嬢の令、つまり気品や上品や優雅という意味がある。
和は、まさに日本である。
つまり、気品ある日本、あるいは気品ある日本人、と解釈している。

いわゆる令和とは、礼儀正しき気品ある日本人、ということだ。


ところが現実はどうだ。
ま~挨拶も出来ぬ人間の多いこと。

大人でも半分はできぬ。
挨拶が出来ぬ人間は、普段から総じて下品な顔をしているし態度がふてぶてしい。

気持ち良い挨拶をする人は、男女を問わず気が利くし笑顔が素敵だ。
これはスタイルや顔の美醜は関係ない。
逆に言うと、挨拶すら出来ぬから、醜くふてぶてしい人間に見えるのであろう。

未成年あるいは学生連中は、半人前のバカだから大人の数に入らぬので、最初から期待なんかしていない。

20~30代で挨拶すら出来ぬ人間には、一生死ぬまで不幸の連続でありますように、と私は祈ることにしている。

40~50代にもなって挨拶程度も出来ぬ人間は、もうすでにつまらぬ人生を送っていようから、下品でふてぶてしい醜い顔になっている。

60代以上で挨拶も返せぬ人間は、ただでさえ社会保障費が足りぬので、早く逝きなさいと思う。
メシを食らいグチを言いクソをするだけで生きている老人なんて、世のため人のため家族のためにならぬ。

家族のためにならぬと書いたが、まあこんな家で育った連中は、家族全員が挨拶すらできぬであろうから、はた迷惑なこういう家族だけを過疎の山奥に集めて隔離し、死ぬまで農作業や森林伐採に励んでもらうというのはどうだ。

なんでこんなバカげたことを書いているのかというと・・・
私の経験上、挨拶すら出来ぬ人間は、もともとやる気も覇気もないので、間違いなく仕事はできぬ。
よく仕事ができる人間の半分も能力がないくせに、同額の給料を要求し、人並み以上の生活を欲し、欲だけは深い。

リストラという言葉はいまでは普通に定着しているが、リストラという言葉を最初に使い最初に実行し、企業に知らしめたのは私だと自負している。

リストラとは正確にはリストラクチャリングといい、本来は企業再編成を意味する。
じつは企業再編成はきれいごとの表現で、リストラとは実際は首切りのことであり、事実、首切りのことがリストラの意味として定着した。
あるとき不況の波が企業を襲い、経費削減をせぬと、どの企業も立ちいかなくなり、リストラという言葉が一気に広がった。

いまでは企業が大量にリストラしても、労働基準監督署は何も言わなくなった。
当初、私が自社の無能な人間を30%もリストラした時は、リストラされた人間は即、労働基準監督署に訴えた、そのせいで労働基準監督署と私は大喧嘩をした。

そのとき私が労働基準監督署へ吐いた言葉は、リストラせねば多くの企業は潰れ、その結果、全従業員の明日がなくなる、ということだった。
この考え方が次第に定着し、いまではリストラは当たり前となったし、労働基準監督署もなにも言わなくなった。

なにをダラダラとつまらぬことを書いているのかというと、挨拶すら出来ぬ最低のモラルすらない人間は、そのうち社会にハジかれ、痛い目にあうから覚悟して生きてゆけということだ。

おはようございます!ありがとう!こんにちは!は、人としての基本だろう。
お互いに言い合ったら気持ち良くなるし、嬉しくないか。

そんなことは面倒だというアンタは、そういう人間同士で繋がってゆくので、浮かぶ瀬のないみじめな人生が待っているよ。
そういう人間は、ど~ぞ、どこまでも、どこまでも落ちてゆくように!と心から願う。



# by hiriver | 2019-05-20 20:50 | 日本あれこれ

喪あけにはまだ早いが、温泉とある日の会席料理

我が家は、それこそ暇さえあれば温泉へいく。

花冷えの日を選んで車を走らせた。
九州は温泉のメッカなので、車を30分も走らせると温泉場に行ける。
だから日帰り温泉を、年中楽しめる。

ということで、我が家では温泉地に泊まらずに、せっせと四季折々の日帰り温泉を楽しむ。

わざわざ温泉宿に泊まらない一番の理由は、いま住んでいる福岡市内の我が家のほうが、旅館やホテルより断然に泊まり心地が良いからだ。

それは置いといて温泉の話だが、我が家でのヨメの入浴時間は、雀の行水とおなじで5分も浴室にいない、だから湯の中には2分くらいしか入っていない。

ところがである、ところが彼女は温泉に行くと、絶対に1時間半は女湯から出てこぬ。

我々夫婦は年中日曜日なので、日帰り温泉に行くのは当然平日、それもオープンと同時の一番風呂に入浴する。

ということは、風呂場にはまだ数人しかいない。
で、ヨメは、誰もいない露天風呂へいき、体操をしたり泳いだり、景色を大満喫しているという。

もちろん内湯も楽しむし、サウナも必須らしいし、頭も身体も洗うしで、1時間半どころか2時間でもいいよという。

バカ者めが!こちとら1時間でも、時間を持て余し、ほとんど浴槽の淵に座ってノボセぬようにしているのだ。

2年くらい前までは、2人で家族風呂に入ることのほうが多かったが、去年くらいからは大浴場を利用し、いろんな内湯や露天風呂やサウナを存分に楽しむという初心に戻った。

いつも行く、朝倉にある花立山温泉から・・・

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それにしてもヨメは毎回、存分に楽しみ過ぎているようだ。

でも今回は、母を亡くしたヨメへの、傷心日帰り温泉のつもりだったので、心まで存分に温めてください。


先日、予約しておいた、お昼の会席料理を食べに出かけた。

 前菜盛り


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 お造り三種

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 牛サガリ黒胡椒焼き


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 糸島鮮魚のあら炊き

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 旬菜の天麩羅

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 海鮮茶わん蒸し

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 厳選すし三貫と絵巻稲荷と吸い物

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 コーヒーとデザート2種

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さらにケーキも追加した。

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ちょっと食べ過ぎた、でもどれも大満足の美味しさであった。

外食って、それなりの代価を払いガッカリするとすごく損をした気分になるが、満足するとすごく嬉しい。

料理屋は、お客のそんな単純な気持ちさえしっかり理解していると、リピーターを増やすのは簡単なハズだが。

目の前の利益ばかり追い、食材も調理も落とした料理屋に、二度とお客は寄り付くものか。

誠意あるサービスと、美味しい真面目な料理を求め、またお客は訪れる。


# by hiriver | 2019-05-14 20:50 | 日本あれこれ

ヨメが長年寄り添った認知症の母が逝った

以前、朝歩きをしていたら、やはり朝歩きをしていたらしい老婦人と、信号で一緒になった。
らしいというのは、老婦人がウォーキングらしき格好をしていたからだ。
さらにらしき格好というのは、正確にはこの老婦人が何をしているのか判らなかったからだ。

老婦人の顔には戸惑いと焦りの表情があり、我々夫婦を見て開口一番「○○駅はどこですか?」と聞いてきた。
で、私は駅の方向を教え、信号が変わり別れた。

老婦人は手ぶらだし、なんとなく挙動が変だな~と思った。
こんなことを考えたのは、老婦人に駅を教え、別れて10分くらいしてからで、我々夫婦が歩いている道もすでに老婦人とは全然違った。

「しまった~!!」と思ったのが遅すぎた。
たぶん彼女は、まだらボケで、家を出る時は早朝ウォーキングのつもりだったのだろうが、歩いている途中に突発的に認知症に襲われ、自分が何をしているのか、どこにいるのか判らなくなったのだろう。

私は彼女を保護し、警察へ連れて行かなければならなかったのだと、あとで猛反省した。
早朝ウォーキングに出ると、トレーニングをしている老若男女のいろんな人々に出会うし、とくに早朝はトレーニングウェアーを着た老人が多いので、まさか徘徊している老婦人とは疑いもしなかった。

ヨメも私も認知症については熟知しているつもりだ。

同じ県の、わりと近場に住んでいたヨメの両親は、15年くらい前に要介護1レベルの認知症を発症した。

両親は二人住まいだったので、介護ヘルパーと契約し日参してもらうことにした。
要介護1って、いわゆる、まだらボケが始まっているから非常に危険である。

どんなふうに危険かというと、徘徊が始まる、ガスの火は消し忘れる、家の中をかたずけることが出来ぬ、お金の価値観がなくなり、八百屋に買い物に行って1万円でも2万円でもポイと置いてくる。

また、しょっちゅう家に泥棒が入ったと言い、家にお金がないと悲しそうな顔をする、いわゆる預金通帳があるなどの感覚はすでになくなるのだ。

一番怖いのは、火事を起こす危険と、父がまだらボケでも車の運転を止めぬので、人身事故を起こす危険だった。

自分らに、ボケが始まっているという認識がないので、二人の面倒を見るために日参するヨメに、いつもいつも怒りと狂気をぶつけた。

両親とヨメの、地獄の奮闘の日々を詳細に書き出すと、一冊の本にしても書ききれぬ。

介護ヘルパーを付けるようになっても、介護ヘルパーは2時間くらいしか面倒をみてくれないので、毎日ほぼヨメが付きっ切りで介護した。
一人の介護でも大変なのに、同時に二人のボケ老人の面倒を見続けたのである。

そのヨメも夕刻5時頃には疲れ果て帰ってゆくし、ということは、夜はまだらボケ老人二人が何をしでかすか判らぬのである。
徘徊で家からいなくなったこともあるし、警察から通報はあるし・・・

下町ロケットのドラマじゃないが、毎回、毎日、ピンチと事件が繰り返され、その日々のハプニングと、戦いと、苦労と、心労などを綴ったら、それこそ何冊もの本になるほど苛酷な日々だった。

それは介護付き有料老人ホームに入居させるまでの2年間くらいの日々だが、ヨメは永遠を感じた時間の流れだったと思う。

その2年間くらいで両親は共に要介護レベル2まで進み、さらに危険度が増したので、24時間介護の介護付き有料老人ホームへ入れるしかなくなった。

しかし父は入居させるときに入居を嫌がり怒り暴れ、さらに強引に入居させて半年間くらいは、
毎日ハリケーンに襲われたくらい荒れ狂い大変だった。
そして
何度も施設から脱走をし大騒動になったし、思い出すだけでもうんざりする日々だった。

その父も介護施設に入居して3年目に大腸ガンで逝き、母は入居してすでに13年を超え、要介護レベルもマックスの5まで進み、認知度ゼロとなり、何も判らずベットに寝ているだけの症状にまでなった。

我々夫婦は、長年の夢であったマレーシアのペナンでロングステイをしたのだが、父と母を介護付き有料老人ホームに入居させ、父母の精神が安定してからであった。

結果的に、このロングステイの解放された自由な生活により、ヨメの精神もずいぶんと解放されたと思う。

話しを戻すと、介護付き有料老人ホームはお金がかかる、莫大にかかる。
介護付き有料老人ホームに両親が入り、父は3年、母はすでに13年超え、これまでに毎月支払った合計額は、すでに4000万円を超えている。
入居の際は敷金として別に1000万円を一括で納め、さらにしょっちゅう身の回りの物の購入費もかかる。

ありがたいことに、父と母の年金を合計すると毎月の支払額はなんとかなったし、父にはけっこうな蓄えがあったことも幸いだった。

ただし年金を含む両親の全財産は、ヨメが成年後見人となり、裁判所と税理士と銀行がすべて管理している。
このあたりの財産管理に関する、ヨメが成年後見人になるまでの、税務署と裁判所と税理士と銀行との、交渉や手続きなどの膨大な事務処理を、ヨメが一人でどんなに苦労し終わらせたかを書くと、これまた一冊の本が出来上がるくらい膨大で濃密な大変なストーリーがある。

上記していることは、誰にでもいつかは降りかかる大問題なので、前もって早くから勉強し覚悟しておいたほうがいい。

認知症の哀れさを、ヨメは身をもって嫌というほど見てきた。
そしてヨメの両親が認知症になったということは、彼女自身が、いつそうなってもおかしくないと思い込んでいる。
ヨメの中に、認知症への恐怖が、心に重い塊として常に存在しているようだ。

彼女の認知症への抵抗が、有酸素運動を人一倍させ、ココナツオイルなどの認知症防止につながる、いろんな食材を毎日かかさず摂取させているのであろう。

さらに脳を活性化させるためにか、彼女は強烈に本を読む、一日に1~2冊は読んでいるようだ。
もともと彼女は本虫なのだが。
数独など、頭を使うトレーニングもよくしている。

たぶん遊びや旅行に熱心なのも、趣味と実益(脳の活性化)をかねてかも知れぬ。
まあ、私がいつもそばにいるし、都合よく息子が脳外科医なので、なんの心配もいらぬし取り越し苦労なのだが。

でも最近は、私の体力のほうがおぼつかぬので、私の方が先にボケそうだし、生き急ぎもしてるように思う。
だれしも一寸先は闇だ。

そして、介護施設で一か月前から危篤状態に陥っていたヨメの母が、大往生で安らかに逝った。
母のところへ日参していたヨメは、この日が間近に迫っていると覚悟していたと思う。

ヨメに云いたい。
君の長年の母への孝行は、いつも母の心に十二分に伝わっていたと思うよ。

義母に云いたい。
先に天国にいる義父と、再会できてよかったですね。
永眠したあとは、義父とまた楽しんでください。

そしてお母さん、長年あなたに寄り添い続けたあなたの娘を、天国から見守ってください。
お願いしますよ。   合掌


# by hiriver | 2019-05-05 20:50 | 日本あれこれ

面白い映画でしたよ

先日、WOWOWで「恋は雨上がりのように」という日本映画を観た。

主演女優は小松菜奈で、男優は大泉洋だった。
けがで陸上選手の夢を絶たれた17才の女子高生が、アルバイト先のファミリーレストランの中年店長へ恋を募らせていく青春ラブストーリー。

私の感想は、最近観た日本映画の秀逸ラブストーリーだと思ったが、一緒に観たヨメ感想は、たるい映画でたいして面白くなかったと言った。

ヨメは、17才の女子高生が、なんのとりえもない40代半ばの中年男に恋に落ちる、というバカげた設定がアホらしく感じたのであろう。
たしかに、中年以上の女性観客には、この突飛なストーリーはバカバカしく感じるだろう。

ところが私みたいに頭が軽い男は、はじけるように美しい女子高生に惚れられたらどうしょう、と夢と理想の世界で勝手に夢遊して観てしまう。

それもあるが、この映画の大泉洋が極めつけによかった、彼が中年男役でなければこの映画は成立しないし、彼でなければ私は即この映画を観るのをやめていただろう。

そしてさらに小松菜奈の、エロスを感じる独特の雰囲気がよかった。
彼女の美貌とスタイルもそうだが、なによりも彼女の目力が強烈で、まるで大蛇の半眼のにらみに、観ているこちらが魅せられた。
恐れ入りました、ファンの一人になります。

いままでにも何度も書いているが、私は映画狂なので、劇場やビデオやWOWOWで年間に数百本も映画を観る。
だから少しは映画を語れると思う。

いわゆる酒の味は、手が震えるほど飲んできた人間にしか語れぬ、と私が思っているのと同じだ。
とはいえ私の手は震えていないし、そこまでの達人の域にはほど遠いが。

映画って、原作と監督と役者の三位一体で成立する総合芸術である。
どこか一つでも壊れていると、どう頑張っても駄作となり観るに耐えられなくなる。
今回私が観た「恋は雨上がりのように」は、見事に三つのパズルがカチリとハマっていた。


先日、ソメイヨシノが春を散らせたと思ったら、藤の花が咲き始め、次の春を運んできた。

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天を覆うほどの満開のサクラの美しさは、狂気とはかなさが宿っているが、藤の花の美しさは、気品と艶やかさを放っている。

いや~、この時期の街歩きは、次から次へと目を見張る楽しさが多くて嬉しい。

街中に春が香っているせいか、このところの朝の大濠公園のトレーニングロードが、一気に賑わいをみせている。

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汗ばむ体に、花の香をのせた春風が心地よい。

今日は何周廻ろうかな・・・


介護施設に入っているヨメの母が危篤状態になった。

じっは北海道を、4月22日から2週間かけて廻ることにしていたが、飛行機もホテルも当然すべてキャンセル。
タイミング悪くすべて出発前日のキャンセルとなったため、ほとんどお金は戻らず。
でも、北海道へ発ったあとに、母危篤の連絡でなく助かった。

ヨメと義母の、長年にわたるふれあい介護日記は、近日中に必ず書かなければなるまい。



# by hiriver | 2019-04-25 20:50 | 日本あれこれ

生食パンブームらしい

いま食パンのブームがきているらしい。
たしかに人気の食パン専門店の前は長蛇の列である。

我が家のそばに、100店ほどならぶ商店街があり、その中に生食パンを売る乃が美という店があるのだが、ここもパンの焼き上がり時刻1時間前くらいから何十人もの人が並んでいる。

大阪に本店をもつ乃が美が、全国に店舗展開したことで、いまの食パンブームに火が付いた。

私もほんのたまに、乃が美の食パンを買う。
とはいえ、私は並んでまで食べ物を買うような品のないことはせぬので、誰も並んでいないような中途半端な時間に店頭へ行き、都合よく食パンが残っていたら買って帰る。

いわゆる商店街の八百屋や肉屋や魚屋へ行くのがメインで、そのとき乃が美の店頭にお客が並んでいなければ、食パンが残っているかい?と聞くだけだ。

乃が美の生食パンは確かに美味しい、それは間違いない。
生食パンは、焼かずに生で食べるように作っているから、生食パンというのらしい。
そしてこの食パンは、常温で2~3日おいていても柔らかい。

だがね、私が思うに、一般の街角のパン屋さんの食パンや、もっといえばスーパーなどで売っている食パンも、焼かずに生で食べてみると、有名食パン専門店に負けずに美味しい。

有名食パン専門店の生食パンは、え~っ!というくらい高いので、脳が勝手に美味しいと洗脳されているだけだと思う。

私には、有名食パン専門店の生食パンも普通の食パンの味も、みんながワーワーいうほど味の差はないと思う。

私の場合、これと同じ感覚になるのは蕎麦で、有名蕎麦店で新蕎麦を食べても、市販の乾麵を家で茹でて食べても、天地ほどの差は感じぬ。
有名蕎麦店の新蕎麦を食べているからと、脳が洗脳され、味がだいぶん割り増しされて感じるだけだと思う。

いまの日本の食文化をなめては困る、工場生産の企業努力はすごいのだ。
だから、スーパーやコンビニのパンやケーキや蕎麦などの味は、その道の専門店の味と比べても、大きな遅れはとってはいない。

ついでに書くと、ワインの味。
たとえば毎年11月になると解禁されるボジョレーヌーボー。

ボジョレーヌーボーは、フランスのボジョレー地区でその年に収穫されたブドウを使った新酒で、赤ならガメ種、白ならシャルドネ種という規則がある、だだし白(シャルドネ)は全体の1%くらいしか生産されぬ。

ボジョレーヌーボーの日本での販売価格は、1本2000円から3000円前後と高い。
高い割には美味しくないので、私はみなが大騒ぎするほど、ボジョレーヌーボーが美味しいなんて思ったことはない。

まあシャルドネ種(白)なら、なんとか飲むこともある。
パリ暮らしをしていた時は、ボジョレーヌボーの解禁となっても、シャルドネ種(白)しか飲まなかった。

ちなみにパリでのボジョレーヌーボー(赤)の値段は、1本が200~300円。
ヌーボーだから採れたての新酒で、絞ったばかりのジュースと同じ、いわゆるたいした手間もかけていないし、フレッシュだが苦くタンニンも強くあまり美味しくないので安い。

これが日本に持ち込まれると、1本が3000円もする。
ワインの味もろくに判らぬ日本のミーハーどもが、ボジョレーヌーボーというだけで、したり顔で美味しい美味しいと騒ぐ。
船に揺られ輸入されているのだから、味はさらに落ちているのにである。
いわゆる業者の思うつぼで、日本中カモだらけだ。

食パンの件も、ボジョレーヌーボーの件も・・・

 踊るアホウに、見るアホウ
 おなじアホなら、踊らな、損、損・・・ということか。


家で贅沢三昧の日にしょうということで、息子に頂戴した、宮崎牛の日本一になったというステーキを焼いて食べた。


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強烈なパンチをくらったほど美味しいかった。
下世話だが、ステーキ専門店で、日本一の肉を食べたら何万円取られるのだろうか?と私は思った。
おまけにイタリア産のスパークリングワインも1本飲んだのだ。

さらに使用している金のフォークやナイフも、以前に息子にプレゼントされたものだ。
チタンに金加工したという、一本数万円の特別なフォークとナイフだが、使用せずに死んだらもったいないので、普段使いにしている。

この日は、珍しく高級ケーキも買っておいた。
私の大好きなモンブランと、ヨメはフルーツケーキ。


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最近の有名ケーキ専門店のショートケーキって、1個600円前後が相場である。
ふざけるな!というくらい高いので、買う時にヤケクソな気分になる。

上記もしたが、いまではスーパーやコンビニのケーキでも十分に美味しいので、そっちのほうが身分相応なのだが。

しかし、たまに家で、贅沢な食事もいいものである。



# by hiriver | 2019-04-20 20:50 | 日本あれこれ